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【脱原発】なゆのヒトリゴト 

反原発!脱原発! 卒原発!。。。電力は足りているのに何故原発は存在するのか!? 3月11日以降の原発情報を追う 原発はもういらないっ!

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【2012/02/15(水) 第4回 国会 東京電力福島原​子力発電所事故調査委員会 寺坂氏の答弁】文字起こししました 1/4 

2012/02/15(水) に行われた第4回 国会 東京電力福島原​子力発電所事故調査委員会 寺坂氏の答弁内容を文字起こししています
(協力 50男さん)

【参考人】
 斑目春樹 原子力安全委員会委員長
 寺坂信昭 前 原子力安全・保安院長

ニコニコ生放送をごらんになれない方はこちらから
http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib3.php?deli_id=41555

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
00:00


東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員長
黒川清(医学博士、東京大学名誉教授、元日本学術会議会長)

前原子力安全・保安院長
寺坂信昭



【原子力安全・保安院、設置の目的】

――次には、原子力安全・保安院について、
寺坂信昭、前原子力安全・保安院長、でございますが、おねがいいたします。
 どうも、寺坂院長、元院長ですね、前院長、ありがとうございます。
本日は参考人としてご出席いただきましてありがとうございます。
 最初にお尋ねしますが、原子力安全・保安院の設置の目的は、
もともと何だったでしょうか、いろいろご意見を伺わせていただきたいと思いますが、
ぜひフランクに言っていただければと思います。よろしくおねがいします。
まず、設置の目的、簡単にご説明をおねがいします。

――昨年8月まで、経済産業省原子力安全・保安院長を務めておりました
寺坂信昭でございます。平成21年の7月14日から、昨年8月11日まで、
3月11日の事故発生時を含めまして、院長の任務にありました。
 今回の東京電力福島第一原子力発電所の事故に関しましては、
その発生と事故の進展につきまして、
いまなお発電所とその周辺を通常の状態にはなく、
また住民の方々の避難が継続され、
大変なご労苦をおかけしておりますことなど、
安全規制を担当していた者といたしまして、
誠に申し訳なく承ります、深くお詫びを申し上げます。
(着席のまま一礼)
 それとただ今、委員長からのご質問でございますけれども、
原子力安全・保安院は、原子力の安全と、
それから私どもは産業保安と呼んでいますけれども、
原子力以外の電気関係、それからガス、コンビナート、鉱山、等々、
それぞれ、いずれも安全を確保して、事業が進められていくということ、
とにかく安全を確保するということを任務としている組織として、
2001年、年度スタートしたものでございます。


【保安院と人命保護】

――はい、ありがとうございます。そうするとこの法令の設置の目的には、
人命保護あるいは住民の保護みたいな話はあるんでしょうか。

――安全の確保という、そういうことで理解をしておりまして、
もちろん、その安全を確保するということは、結果において、
住民あるいは、そこの事業をなさっている従業員の方々、
そういう方々の安全の確保と、そういったものも併せて
というふうに理解をしておりますので……


――なるほど。

――……そういうものだと思ってございます。

――今回のように何か起こったときの周りの住民とかいろんな話については、
ないですかね。

――事故そのものに関しましては、原子力災害特別措置法、
また別の法律があるわけでございまして、
そういったことと併せまして、
それで全体としての広い意味での安全の確保と
それから被害の最小化、
そういったことについての対応を進めていく、
そういうものだと認識をしてございます。


―― IAEA の基本の安全原則なんかだと、法案っていうのか、
安全だと、放射線の影響から人々等を守るっていうのが
従業員に関わらず、そういう話も書いてありますよね、
そういう対応については、ここでは扱わないんですかね。

――原子力等規正法あるいは原子力災害特別措置法、
そういったものと重ね合わせまして、
全体としての安全の確保を進めていくと、
いうふうに考えてございます。


――そうすると、前院長は、その前の、次長も務めておられてるし、
そのときの耐震指針のときも次長として関わっておられますけれども、
そういう意味では保安院の内容あるいは使命については十分ご存知だと思います。
それを踏まえたうえで今日、ぜひ、来ていただきまして、御礼申し上げるとともに、
この委員のほうでいろいろ、前院長のご意見を伺いたいと思っておりますので、
よろしくおねがいします。
 それでは最初に、事故時の対応ということで、そのときは院長でございましたので、
野村委員のほうから、よろしくおねがいします。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
04:58

東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員
野村修也(中央大学大学院法務研究科教授、弁護士)

前原子力安全・保安院長
寺坂信昭



【原子力安全・保安院の事故後の対応、議事録を作成しなかった責任】

――委員をさせていただいております野村です。
事故時の対応についてお伺いしたいと思うんですが、
今は安全・保安院についての一般的な役割についてのご説明をいただいたんですけれども、
保安院というのは、原災法、先ほどありました原子力災害特別措置法に基づいて、
事故後設置されます原子力災害対策本部において、
事務局の役割をされているということを理解してるんですが、
そのときの事務局長も早坂さんご自身、あー、ごめんなさい、院長であったと、
寺坂さんであったと、いうふうに理解してよろしいでしょうか。

――原子力災害特別措置法に基づいて、原子力災害対策本部ができましたときに、
事務局長として、私、まぁ原子力安全・保安院長がその事務局長になると、
そういう仕組みというふうに理解をしておりますけれども、
原子力災害対策本部そのものは、これは制度的には内閣の組織でございます。
 それで、各省庁から関係の職員の方々に集まっていただいて、
それで事務局が構成されるわけでございますけれども、
その事務局の場所は、原子力安全・保安院の建物のなかにある、原子力安全・保安院の
ERC (経済産業省緊急時対応センター)と俗に呼んどりますけれども、
そこが事務局になるということでございまして、そういう意味では
事務局の職員の多くは原子力安全・保安院の職員でございますけれども、
他省庁の方々にもご参画いただいた形での事務局が構成されるということでございます。


――はい、そうはいいながらも事務局長であったということは、
当然だと思うんですけれども、今、原子力災害対策本部において、
当時、議事録の作成が行われていなかったということが、
一般的な国民から見ても批判の対象となっているわけですが、
そのことについては公文書管理法等の関係で考えてみますと、
やはり本来、事務局長として作成を指示し、そして保管すべき立場に
あったんじゃないかな、と思うんですが、そういう点について
不作為の責任というようなものはお感じになっておられませんでしょうか。

――原子力安全・保安院といいますか、原子力災害対策本部の事務局長といたしまして、
当時の議事録が作成されていないということにつきましては、
大変申し訳ないと、そういうことに思ってございます。
 で、議事録と、それからまた議事概要と、等、いくつかの形が
あるかと思いますけれども、議事録そのものについては、
そもそも速記あるいは音声での記録、そういったものがないと作れない、
そういうもんでございますけれども、そういったものについての対応というものは
できていなかったということでございます。
 また、議事概要につきましても、現在、今の態勢のなかで作業が行われていると
承知しておりますけれども、そういったことの資料の確認も含めて、
概要その他についての作業が進められているということでございます。
 いずれにいたしましても、議事録的なもの、そういったものが作られていなかったと
いうことにつきましては、私が事務局長ってことでございますので、
その点については大変に申し訳ないことだというふうに思ってございます。


――かつては似たような組織において議事録がなかったというような
報道もあるんですけれども、少なくとも公文書管理法という法律ができて以降は、
法令上の命令だというふうに理解していますが、そういう意味では、
この事実は法令違反だという認識でよろしいでしょうか。

――公文書管理法が施行されたあとにおいて、議事録そのもの、
いま申し上げました速記録とか起こす形での議事録がないということについては、
問題が大きいものだと思ってございます。
 概要的なものは、最初の頃については、なかなかそれすらできていないと思います。
 途中からは、そういったものが残されているというふうに見て、
いろいろ、精粗(?)があることは事実でございます。


――じゃ、あるってことですか、何か。

――概要といいますか、メモと申しましょうか、そういう類の、
途中段階からのものでございまして、そういったことも含めて、
今、議事録と申しましょうか、議事概要と申しましょうか、
そういったものについての思い起こしの作業が進められていると
いうふうに承知しております。


――最初の段階は法令違反をお認めになられると。
ただ、その後、比較的早い段階からメモ等があって、
それを議事録に起こすことの可能な状況にあるという、
そういう理解でよろしいですか。

――議事録というものが、いま申し上げましたように、
一言一句の速記録とか、そういったものであれば、
それは記録したものがないわけでございますんで、
それはおそらく、できないだろうと思っております。


――一言一句正確性がなくても、かなり信憑性のあるものは作れると。
ただ、最初の、当初の数時間、あるいは数日なのかもしれませんが、
この部分については、違法性を追及してほしいというご意見でよろしいですか。

――なかなか、その点については、できていない、と思います。

【発災後にどこで何をしていたか】

――わかりました。すいません、またちょっと別のことなんですけれども、
今度、保安院長としてのお役目についてお伺いしたいんですけれども、
寺坂元院長は、まさに官邸のなかにおられたということでよろしいんでしょうか、
規制庁のトップとして、当時は官邸のなかにずっと詰めておられたということで
よろしいんでしょうか。

――いえ、違います。当初、11日の日の、緊急事態宣言が出されて、
そのあとの記者会見が、官房長官の記者会見がございまして、
その補足といいますか、そういったことをするまでが、
私が官邸にいたとこでございまして、
そのあとは、先ほどの原子力安全・保安院の ERC、そこに戻っております。


――それは、どなたかからの命令で、そちらに戻られたんでしょうか。

――いえ、私と次長との相談によりまして、
私が原子力安全・保安院のほうに戻り、
次長に官邸のほうに残ってもらったということでございます。


――平岡(英治)次長のほうが官邸に残られたっていうのを決められた理由というのは、
院長のほうが官邸にいるべきではなかったですか。

――それは、どちらがっていうのはございますけれども、
ちょうど平岡次長が官邸のほうに入って、
いちばん最初、私が官邸のほうに向かいましたけれども、
途中で平岡次長も官邸に来ているということを認識をいたしました。
 そうすると原子力安全・保安院の建物のところに
私も次長もいないという状態になりますので、
どちらが原子力安全・保安院のほうに行くか、
あるいは官邸に残るかということを考えましたときに、
私はどうしても事務的な、事務系の人間でございますので、
これだけの非常に大きな事故と、
技術的な知見というものも極めて重要になってくる、
そういったなかで、私が残るよりも、
官邸のほうに技術的に、より分かった人間が残ってもらうというほうが、
いいのではないかというふうに、これ、私自身が判断いたしまして、
私が原子力安全・保安院のほうに戻った次第でございます。


――私はちょっとびっくりするんですけれども、原子力の規制行政庁のトップは、
原子力についての知見をもたない方がなっておられるということなんですか。

――知見といいましょうか、いま私が申し上げましたのは、私が事務系の……、
原子力工学その他、理科系の、そういう訓練といいますか学問を積んで、
それで原子力安全行政、そういったものを
ずっとやってきたということではないということでございまして、
もともとは事務的な者でございます。
次長のときに初めて原子力安全行政を担当したと、
そういうことでございます。


【官邸との意思疎通の不具合、その責任】

――そうなりますと官邸での動きってのは、院長ご自身は
なかなか把握しにくかったんじゃないかと思うんですけれども、
寺坂元院長自身は官邸の5階、地下2階などで、
あるいは中2階というのもありますけれど、ここらで、
具体的にどのような対応をとられてきたのかということについては、
その段階ではリアルタイムに把握されておられたんでしょうか。

――リアルタイムと申しましょうか、場面々々を見てるわけではございませんので、
そういう意味での、厳密な意味でのリアルタイムはできておりませんけれども、
官邸のなかでいくつかの重要なことが決まった、あるいは決まる前、とか、
あるいは、こういう議論になっている、こういう状況になっている、
というようなことについては、官邸にいる者からの連絡、
そういったことによって、状況は把握していたということでございます。


――それぞれの階では何を役割として担っておられたんでしょうか。
官邸のなかですけども。

――官邸のなかは、地下に危機管理センターがあるわけでございまして、
そこでは震災そのものの対応、それからもちろん原子力災害に伴います対応、
そういったことについての関係省庁の局長クラスの方がお集まりでございますけれども、
そういったことで、住民避難を含めた、そういった連絡、調整、
そういったものが、なされていたというふうに理解しております。
 それから5階のほうでは、今おっしゃいました、といいますか、
緊急事態宣言後の避難の指示の関係、あるいはベント作業等々、
プラントをどのように、もってくか、
あるいは電源車を中心として電源をどのように確保していくのか、
そういったことについての作業というものが官邸のなかでは行われている、と。
 もちろん原子力安全・保安院のほうでも併行した情報収集その他の作業を
行うわけですけれども、そういうふうな状況になっているというふうに
理解をしておりました。


――中2階は何をやってたんでしょうか。

――中2階につきましては、私自身は中2階というよりも、
5階での議論というふうに、ずっと理解しておりましたけれども、
いずれにしてもそこに次長あるいは海江田大臣等、お集まりになって、
検討が重ねられているというふうに理解をしてございます。


――先ほど、原子力の科学的ないわゆる理科系の知識は自分はもたないと、
文科系の人間だと、でもまあトップはトップなわけですね、
今回の政府事故調の報告書など見ますと、まさにここの、
官邸のなかでの意思疎通、こういうロジスティックな部分が
非常におかしかったということが指摘されてるわけですけど、
そここそが文科系の院長のおやりになるお仕事だったんじゃないでしょうか。

――その点に関しましては、むしろ原子力安全・保安院に置かれておりました
ERC から、情報提供をしていく、ということについて、これはまず、
一義的な役割というふうに思ってますので、それを官邸に伝えると。
 官邸のなかでこれがどういう形になっていくのかということについては、
官邸のなかにいる者、次長をはじめとして、要路に情報を伝えていく
ということだったと思っておりますけれども……


――当時、管総理は、5階に情報が上がってこないと、
保安院のほうから情報が上がってこないということを、
相当程度、ご指摘されてるわけなんですけれども、
それは、じゃあ、そこにおられた平岡次長の責任だと、
そういう整理でよろしいでしょうか。

――保安院からの情報を入れて、これが全部が全部、行ってるとは思いませんけれども、
必要な情報については、大臣、あるいは場合によって、場合によってといいますか、
総理のところに、情報は伝わっていると、そういうなかでの検討が行われていると、
いうふうに……


――それは外からそう信じておられただけのことで、
現実には上がってないっていう報告書になってるわけですね。
そうなりますと、そのことについて、きちっと確認をされてなかった
院長ご自身の責任ってのは、ないんですか。

――その点がどういう形、確認といいますか、
伝わってというふうに考えていたということでございますので、
その確認が十分でなかったと言われれば、そういう点はあろうかと思います。
 必要な情報については、時に求められ、あるいはこちらから出して、
それが何らかの形で必要なところに伝わっていく、
それから東京電力の方も、官邸のなかにいらっしゃるわけでございまして、
そういった、そういった、そっちのルートからの情報、そういったものも併せて、
伝わっているというふうに理解をしておりました。


【総理への助言者としての保安院長の役目】

――院長は、あれでしょうか、原子力安全・保安院長として、
総理から求められれば、その時点においても一定程度の助言をすべき
お立場にあったというふうに理解してますが、
それはそのようなお役目であったという理解でよろしいですか。

――現実にどの程度、お役に立ったかということについての、ことが別途あるかと
思いますけれども、やはり、技術的な要請、そういったものが非常に強くございました。
ですから、そういったなかで、どういう形での、具体的な提言、そういったものが
できたかどうかについては、いま、振り返ってみたときに、
必ずしも自信があるものではございませんけれども、
その場に残っていたとすれば、そういう形での何らかの発言、
あるいは助言と申しましょうか、そういうことをやる役割であったんだろうと思います。


――ということは、あれですか、もう官邸から退かれてしまったので、
その役割は果たされなかったということでよろしいですね。

――それ自身は、しばらくは官邸のほうに入ってございませんので、
いま先生のおっしゃった意味合いでいけば、総理との関係というものは、
しばらくは、できてない、そういう状態でございます。


――例えば、1号機の炉心の状況っていうのを、元院長の寺坂さんご自身は、
どう理解されておられたんですか。

――1号機に関しましては、もともと非常用復水器、これがあって、
で、これは電源がなくても機能していくと、
で、非常用復水器というものが、しばらくの期間は作動しているという、
そういう状況認識をもっておりました。


――それはあれですか、官邸でいろいろ議論されていることは、
リアルタイムで、離れておられる院長のところにも、届いていたんですか。
例えば何かテレビ電話システムみたいなもので、同時中継的に
そこでの議論が共有できたり、あるいは院長自身に意見を求められたら、
総理にその場で直接意見を言うという、
本来法律に定められている役割を果たすべき環境にあったんですか。
それとも遠隔的なところにいて、普通の行政庁の建物のなかにおられて、
そこで情報が来れば、タイムラグがあることを承知の上で、
遠隔操作をしていたということでよろしいんですか。

――後者のほうでございまして、東京電力からの情報、
あるいは現地のオフサイトセンター、
そういったところからの情報、こういったもの、
これを官邸のほうに伝えていくということでございます。


――ということは、もしかすると、先ほどご自身では、
いればできたかもしれないけれども、いなかったのでできなかった、
というご発言だったので、そういう意味では、
ご自身がそこから退去されたこと自身は、
法律上要求されている、いわば責任を放棄されたという理解でよろしいですか。

――先ほど申し上げましたような事務局の場所が原子力安全・保安院にある
ということでございますので、私はそちらのほうに戻ったと……


――根本的に間違ってると思うんですけど、
原子力保安院に事務局を置くって法律に書いてあっても、
建物に置くわけじゃないので、
それはまったく間違いだと私は思いますけれども。
それはあなたが原子力保安院長なわけですから、
それは物理的に建物に戻ることと同義ではないと思いますけど、
どう思いますか。

――建物というよりも、私はその、事務局に戻ったという、
そういう認識でございます。


――わかりました。


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